ウルシスト®︎ と行く漆旅 ~近江編 その② 近江八幡の街歩き・ラコリーナ近江八幡~

ウルシスト®︎ と行く漆旅の初日、「江湖庵」ランチのあとは 近江八幡の街歩き。


八幡山から臨む空と田園と湖は、思わず深呼吸したくなる広がり。

八幡山。ロープウェーで上がる、小さいながらも急峻な山は、かつて豊臣秀吉の甥、秀次が築いた城でした。
近江八幡は、近江商人の街というイメージが強いですが、近江の人々は「城下町」と捉えていることに気づきます。


八幡山に城を築き、麓に町割を整えたことから始まった近江八幡のまちなみ

商いに長けた近江商人の「三方よし」の精神はここで育まれました。


紅葉が水面に映り込む錦秋の水郷

この運河を利用した水運が、近江商人の商売を支えていました。

わずか27歳という若さで悲運の最期を遂げた秀次ですが、たった5年のうちに琵琶湖から水をひき、街に水運を巡らせ、その後に商人の町として繁栄する基盤を築きました。まさにまちづくりを敢行したわけです。

江戸時代初期には日野椀を、江戸時代後期には薬や繊維など様々な商材を扱います。
北前船をはじめとする流通を担ったのも近江商人でした。

近江八幡の逞しい商人たちの活動は国内にとどまりません。

朱印船貿易で活躍した西村太郎右衛門は、安南(ベトナム)に渡り、その後、長崎まで帰ってきたにも関わらず、鎖国政策によって日本の地に降り立つことができなかったという少し切ないお話も聞かせていただきました。

西村太郎右衛門が安南から日牟礼八幡宮に奉納した絵馬「安南渡海船額」



20世紀にはヴォーリスが来てメンソレータムで知られる 近江兄弟社 を創設し、学校や教会も建築

古い日本の町並みや祭りに異国のエッセンスが違和感なく溶け込む、独特の風情が魅力的です。







近江八幡の街並みは、地元の人々によって保存活動が行われています。


夕刻。

自然と一体となった藤森照信建築 ラコリーナ近江八幡 へ。


特別な世界観。
異空間に来たようなワクワクがありながら、各所に滋賀の風土が表現されています。
そして、スタッフの方たちが生き生きと働いている様子もまた印象的でした。



歴史、建築、アートがふわりと溶け合う、近江八幡ならではの魅力を堪能しました。


さて、このあとはお待ちかねの滋賀満喫ディナーへ…。


旅の記録:2025年11月「ウルシスト®と行く漆旅~近江編」
 

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