ウルシスト®︎ と行く漆旅 ~近江編 その⑧ 最終回 琵琶湖の東の二つの古刹、永源寺と百済寺~


ウルシスト®︎ と行く漆旅~近江編~もいよいよ最終回です。

紅葉が見頃を迎えた美しい季節に、琵琶湖の東の二つの古刹を訪ねました。



早朝、文字通り雲ひとつない青空のもと、 門を括ったのは 「永源寺」 。



東近江の山間、静かに流れる愛知川(えちがわ)のほとり。
朝の光が差す苔むした石垣と紅葉を愛でながら、方丈(本堂)へと登っていきます。




やがて威武堂々と現れたお堂。
琵琶湖の芦(ヨシ)で葺いた大きな屋根が印象的でした。



境内の一角には茶筅塚があります。
毎年、茶道の千家が集い、使い終えた茶筅に感謝を捧げる行事が営まれています。
茶の湯と深い縁を持つ永源寺は、南北朝時代、寂室元光禅師によって開かれました。
写真は撮れませんでしたが、幸運なことに、普段は非公開の禅師の坐像を拝見する機会にも恵まれました。

優しく、朗らかな表情を拝顔し、
この旅を通していただいたご縁や幸運に、感謝の気持ちがあふれてきました。





抹茶をいただいた客殿では、前管長と前々管長お筆の掛け軸を拝見。


そして、
午後から向かったのは、聖徳太子の開山と伝わる「百済寺 (ひゃくさいじ)」。



その名が示す通り、古代には百済系渡来人に縁があったと考えられています。
彼らは仏教と共に当時の先端技術をさまざま伝えた人々でした。
前日に訪ねた漆器木地の轆轤(ろくろ)技術も、そうした流れの中に位置づけられるものです。

百済寺はのちに天台宗の有力寺院として発展し、中世(鎌倉~室町時代)には多くの僧坊を抱える、まさに宗教都市と呼ぶべき存在となります。

しかしその繁栄は、織田信長の焼き討ちによって全山灰燼に帰すという運命をたどりました。

江戸時代になって再建された現在の百済寺は、紅葉の名所としても知られています。

美しい木々と庭園、お堂が点在する境内を、東近江市職員で学芸員でもある 明日(あけひ)一史さん に案内していただきました。





目の前に広がるのは静かな森ですが、明日さんのお話を伺っていると、数百年前に大勢の人々がたくましく暮らしていた熱気が生き生きと浮かび、まるで脳内VRを見ているような感覚になりました。



3日間の「ウルシスト®と行く漆旅~近江編~」のレポートは、一旦これで終わります。

古代から新しい概念や技術を受け入れ、地元の風土のなかで独自の文化として醸成し、また精力的に外界へ挑戦していった近江の人々と土地の歴史には、限りなく豊かな発見と学びに満ちていました。



書ききれなかったことも、今回は訪ねきれなかった場所も、たくさんあるのでまたの機会に。

感謝しきれないほどお世話になった地元の皆さま、ツアーに参加してくださった皆さま、そして共同企画として素晴らしい機会を作ってくださった 水上麻由子 さん 、ありがとうございました。


旅の記録:2025年11月「ウルシスト®と行く漆旅~近江編」