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漆という自然素材で世界を変えるひと

漆屋という仕事

京都で明治時代から続く漆屋「堤淺吉漆店」の堤卓也さんを訪ねました。

場所は京都市営地下鉄の四条駅と五条駅の間のあたり。にぎやかな大通りから少し入った、静かな風情ある住宅街。



実はこの界隈には「漆屋」さんがいくつも存在します。

漆を採る漆掻き職人や、漆器を塗る塗師、そして漆器を売る漆器店にくらべるとあまり知られていないのですが、とても重要な役割を果たしているのが、漆器の材料=漆を売る「漆屋」さん。最近は漆の需要の減少とともに減っていますが、堤淺吉漆店は、いまも創業当時と変わらず漆の精製から販売までおこなっています。


早速、工房を見せていただきました。


長年使い込まれて漆が染みついた機械や道具。萌えます!


そして漆の保管庫。


こちらが日本産漆の倉庫

中国産漆  同じ杉桶でも少し形が違います

杉桶に詰められて入荷する漆は、日本産と中国産に分けて冷蔵倉庫に保管されています。

一般的に、「中国産は粘度が高くて乾きやすい。」「日本産はサラサラで乾きが遅いがいったん固まると非常に硬い」と言われることが多いですが、実際にはそんなに単純ではありません。

中国産は、中国で複数の漆掻き職人が掻いた漆をすべてまとめて桶に入れます。
コーヒーに例えるなら中国からくる漆はブレンド。様々な職人が掻いたものがまとめてあるので性質はある程度均一です。

一方、日本産は数量は少ないものの、漆掻き職人ごとに、さらには掻いた季節ごとに、分けて管理しています。いわばトレーサビリティーコーヒー。採取した人、地域、時期まで特定されているので、桶ごとに全く性質が異なるのです。

これらのバリエーション豊かな漆を、実際に使う人たちが扱いやすいように精製・調合して販売するのが「漆屋」さんの仕事です。



作業はまず、漆産地から入荷した漆の性質を確認することから始まります。

色・匂い・粘度・乾きのスピード。

漆は生きた木の樹液です。つまり生き物。人間と同じように、見た目も性格もそれぞれ違います。

これは、精製前の漆をプレパラートにつけて性質をチェックしたもの。漆の専門用語で「ツケをとる」と言います。


なんと!!色だけでもこんなに違います!!!

実はこの漆の検品作業、何週間もかかります。
桶ごとに、地道に匂いと色をチェックして、ツケをとって・・・。

日本産漆の長所のひとつは個性があること。漆掻き職人たちが良い漆を採るために苦労して工夫して生まれた個性。それを使い手の「塗りやすい漆が欲しい、乾きのいい漆が欲しい」など多様なリクエストに結び付けるのが漆屋さんの腕の見せどころ。

「この数年、国産漆の評価が上がって使い手が増えています。それを維持するために、自分たちができることは全てやります。」

地道な検品は、貴重な漆資源を有効に使うために、とても大切な作業なのです。



 

漆は生き物


漆の検品が終わると、精製です。

産地から届いた「荒味漆(あらみうるし)=木から掻いたままの漆液」を撹拌機に入れて、綿を使ってゴミを濾しとります。ゴミが濾された漆を「生漆(きうるし)」といいます。


何十年も使い続けている撹拌機


その後、この生漆を別の装置に入れて、ゆっくり混ぜて粒子を細かく均一化したり(専門用語:ナヤシ)、熱を加えて水分を飛ばしたり(専門用語:クロメ)して精製・調整します。


漆は生き物。もともとの性質・その日の気候・保管期間など、さまざまな条件で状態は変化します。比較的均一な性質の中国産でさえ、わずかながら日々熟成は進むので、調整具合はその日その日で変わってくるのです。

「セオリーはないんです。」と堤さん。

それぞれのわずかな変化を感じ取り、使い手にとってベストな状態に調整するのが漆屋の仕事です。

 

現場主義から生まれた「光琳」


先日、堤淺吉漆店は大きな賞を受賞しました。
三井ゴールデン匠賞

評価された取り組みのひとつが、高分散精製漆「光琳」。
高分散精製・・・つまり、漆の分子を細かく分散させます。そうすることで、紫外線や雨風などへの耐候性が高く、光沢が良い仕上がりの漆を開発しました。

20年ほど前から基礎研究が始まり、従来より実用に適した品質と製法を実現した「光琳」。現在では日光東照宮をはじめとする多くの重要文化財建築物などに使用されています。




堤さんから感じられるのは、常に漆を使う現場の声に耳を傾けていること。

「光琳」が開発される前から高分散精製法は発明されていたのですが、当時は基本的に試験場などで開発されたものでした。試験と現場では、例えば漆の精製をする量が違います。漆を使う場所も人も様々です。そして、漆は生きています。自然物と手仕事であることによる不安定要素をすべて熟知していなければ、製品(精製漆)の品質は保てません。

現場ではだれが何にどんな風に使うのか、
漆掻き産地から届いた生きた漆はどんな性質を持っているのか、
どちらにも真摯に耳を傾けるからこそ完成したのが「光琳」でした。

 

漆という自然の素材を愛するひと

このあと、話は堤さんご自身のことに。

創業者 堤淺吉氏の曾孫にあたり、堤淺吉漆店の4代目になるわけですが、学生時代は家業を継ぐことを強制されたこともなく、大学は京都を飛び出し北海道へ。動物が好きで畜産を学び、卒業後はそのまま道内で就職。大自然とスノーボードを愛する若者は、家業を継ぐなど考えもせずにのびのびと暮らしていました。




ある日、社長である父親からの、1本の電話。
「新しいことに取り組んでいるが難しい。帰ってきて手伝ってほしい。」


それが「光琳」でした。


京都に戻った堤青年は、主に工房内で漆の精製、製造を一から学びながら、新製法の研究に勤しみます。最大の漆供給地である中国を訪問する機会もありました。

そんななか徐々に感じ始めたのが、国産漆が置かれている状況への危機感。
このままいくと、国産漆は枯渇する。需要はあるが、ウルシの木も漆掻きもいなくなっていく。


「漆屋として、漆を愛する者として、自分にできることは何だろう。」
堤さんはいつも自分に問いかけ、考え、そして実行に移していきます。


ひとつは「うるしのいっぽ」という活動。分かりやすい冊子を作り、子供たちをはじめ多くの人に漆のことを知ってもらいました。

漆の活動に国境はありません。
大好きなサーフボードに漆を塗って、漆とは無縁のはずのサーフィン仲間というコミュニティーに「漆」という存在を伝えることも。


オフィスに飾られていた木の盾(写真右)は、Florida Surf film festival 2019 で受賞したときのもの


「これはすごく嬉しかった!」と言う堤さん、本当に嬉しそうでした。


サーフィン仲間とともに、漆など自然素材でサーフボードを製作する様子とその想いを記録した、ドキュメンタリー映像が賞を獲得したのです。


会社の応接室には漆塗りのサーフボード「Urushi Alaia(ウルシ アライア)」が飾られていました。


Urushi Alaiaを持つ堤さん


Alaia アライア とは、古代ハワイアンが使っていたサーフボードの原型。
フィンがありません。
もともとサーフボードはただのシンプルな木の板でした。 

美しい木製ボードを作るトム・ウェグナー氏と堤さんとの出会いから生まれた「Urushi Alaia」。

板は日本の桐。
塗料は100%天然漆、堤淺吉漆店が開発した「光琳」。
ワックスは蜜蝋。

つまり、すべて自然素材。


「光琳」は耐候性の高い精製漆です。とはいえ、紫外線でまったく劣化しないわけではありません。堤さんによれば「やられ方がきれい」。経年によってのみ生まれる美しさがそこにはあるのです。


自然の力と人間の叡智との共同でしか作れないホンモノ。

そんな迫力がありました。

いま、堤さんが伝えた漆の本来の姿が、自然をこよなく愛する世界のサーファーたちを魅了しています。


受賞作品 「Beyond Tradition
ぜひご覧ください。

漆という自然素材とそこに集まる国境と世代を超えた人々への敬意と愛情が、ひしひしと伝わってきます。


100%ナチュラルで、こんなにもクールな素材「漆」!
世界を見てもほかにない!!と改めて思うのでした。


 

サステナブルな社会へ

最近、堤さんは、「一般社団法人パースペクティブ」を立ち上げました。
漆や森の資源と現代の暮らしを結び、サステナブルな社会を目指す活動。

テーマは

rethink review reform

さまざまなワークショップを開催するほか、自ら京北地区の山でウルシの木の植栽も始めます。


堤さんの活動は幅広い。でも一本筋が通っています。

漆、そしてすべての自然の恵みへの、愛情と敬意。



漆屋に生まれ、漆を一滴たりとも無駄にしないことを工房で叩き込まれたのも、
いちどは京都を飛び出して北海道の大自然の中で暮らしたのも、
趣味のサーフィンやサイクリングの仲間と意気投合するのも、
いま、自ら山に漆を植え森を育てようとし始めているのも、

すべて堤卓也という人物像に無くてはならないファクターなのだと感じました。



事務所の片隅に、堤さんの愛車がありました。


走りこんで8年の愛車 (蛍光灯の下だったのでカッコよさを撮れなかったのが残念!)

街中も林道もバリバリ走って石が飛んでチップしているところもあるけれど、剝れてきたりはしない。

「いまやっといい感じになってきたんですよ。」

人の手と、自然の力と、そして流れる月日が生み出すホンモノの美しさ。




堤さんは
心底、漆を愛して、うるし時間を楽しめる人。
好きなものへの情熱をストレートに表現して、国境も世代も越えて人々の心を動かすことができる人。

つまり、大げさではなくて、世界を変えている人です。

堤さん、
漆と地球の未来にとって、とても重要な今という時代に、
漆屋さんになって(継いで)くれてありがとう。




Urushi Alaia に書かれたメッセージ。

URUSHI ALAIA for Children of Mother Nature




訪問先: 漆淺吉漆店  https://www.kourin-urushi.com/

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