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木が主役 ~小田原漆器を訪ねて~

「小田原漆器」とは

神奈川県小田原市に約400年続く漆器産地があります。

「小田原漆器」

あまり知名度が高いとは言えませんが、起こりは室町時代。箱根山系の豊富な木材を挽き、漆を塗ったことが始まりで、戦国時代になると小田原城主 北条氏が漆器職人を呼び寄せて発展します。
江戸時代に入ってからは、庶民も使える漆器づくりが奨励され、城下はもちろんのこと、地の利も生かして江戸でも多く流通し、漆器産地として確立していきました。

代表的な技法は「擦り漆(別名:拭き漆)」と「木地呂塗」。
どちらも木の杢目がそのまま生かされているのが特徴の塗りです。

国の伝統的工芸品にも指定されています。
 

木が主役

小田原漆器の工房「大川木工所」を訪ねました。
お話を聞かせてくださったのは3代目の大川肇さん。
大学を卒業してすぐに家業に入り、以来40年、小田原漆器を支えてきました。


「最初の1年は嫌だったよ。」と笑う大川さん。
「轆轤(ろくろ)って覚えるのが大変でね。ちょっと引っかかれば木が飛んできて危ないし。」
しかし、ベテランの職人たちを束ねていくにはまずは基礎からという初代の祖父、2代目の父、高い技術を持つ木地師、玉木一郎氏のもと、仕事を習得していきました。

玉木氏が他界された現在は、大川さんが小田原漆器の木地師部門で唯一の伝統工芸士保持者です。




工房を見学させていただきました。

小田原漆器の木材の95%は、杢目が美しいケヤキの木。

まずは、木材を乾燥することから始まります。
今は乾燥機を使っていますが、当時は天日干しでした。手間と人手がかかりすぎるので今はできませんが、天日干しの木地はやわらかく挽きやすいそう。現在は機械と経験で、温度と湿度を細かくコントロールしながら木地を適度な湿度に調整します。乾きすぎてもいけません。


しばらく寝かせたのちに、今度は荒型に削り、
その後、轆轤で挽いていきます。この轆轤で木地を挽く技術が木地師の真骨頂。


現在、大川さんのほかに工房で働く木地師の職人さんは2人。主力は80歳くらいの超ベテラン。そしてもう1人は40代の若手。

この日はまだお正月休みでした。「昔から『七草まで休み』ってね」と大川さん。轆轤に飾られた注連飾りがいい雰囲気です。


小田原の轆轤は、木地師が正面に座って向き合った方向で挽くスタイル。




在りし日の玉木氏。正面から刃物を当てています。

轆轤の方式は地域によって少し異なります。
小田原は正面から。現在日本一の木地産地である山中(石川県)は横向きに座って刃物を当てます。会津(福島県)は両方から。

最初に原木から木地を切り出すときの木の向きも違います。
小田原は「板目(いため)」といって、木が生えている向きと平行(すなわち縦)に。お盆や茶櫃など大きいものや深いものを作るのが得意です。
一方、山中は「木口(こぐち)」といって、垂直(木の年輪が見える輪切り方向)に。お椀が得意。

昔は「板目の小田原。木口の山中」と言って競っていたそうです。
現在では茶櫃など大きなものの注文は少なくなりました。


こうして挽かれた木地は、いったん塗師さんの工房に出して漆を塗って仕上げてもらいます。


小田原漆器の大きな特徴がありました。
漆器生産は、原則的に木地師、塗師、蒔絵師など、分業制です。通常、多くの産地では、製作全体の指揮をとる役割は塗師や蒔絵師などの最終工程に近い人が担います。
ところが小田原は逆。木地師が中心となって製作します。

見えてきたのは、一貫して「木が主役」のモノづくりでした。

 

差し迫る後継者問題

500年ほどの歴史を紡ぐ小田原漆器ですが、現在は大川木工所を含むわずか4軒のみになっています。職人の数も数えるほどになり、1軒残っていた製材屋さん(原木から木材にカットする職人)は、最近体調を崩してやめてしまいました。
大川さんを含めた他の工房でも、現時点で後継者の見込みがありません。

「1人でも残っていれば「小田原漆器」の名前は残るんだけどねぇ。職人がいなければ話にならない。」

木地師を始めるには轆轤などの設備投資が必要です。
技術を習得するのもたやすいことではない。刃物を使うので危険も伴うし、木地を挽くだけではなくて、刃物の調整、研ぎなど、鍛冶屋仕事もある。

一度絶えてしまうと復活が容易ではないことは、想像に難くありません。

 

木を生かす技

工房に併設されたショールームで、心を奪われた1枚のお皿がありました。



ケヤキの大きな洋皿。艶のある漆はまだ少し色が濃く、若さを感じます。
そしてくっきりと力強い杢目。無数に走る荒々しい穴。。。

貫通していて、向こうが見える!!

原木にツタが絡まってできた自然の足跡でした。


通常、このような木材は製材の段階で撥ねられて日の目を見ることはありません。大川木工所がかつて、製材から手がけていたからこそ生かすことができた木です。

素材が珍しいだけではありません。
穴の空いた木地は逆目が多くて挽きにくい。
職人の高度な技術、そして木への愛情やチャレンジ精神がなければ、これほど美しい作品として完成されることはなかったでしょう。



木のいのち、森のいのち、人のいのち。
多くの生きる力がみなぎっているケヤキの擦り漆の作品。


気さくで優しい大川さんが、摺り漆を語るときには言葉にぐっと力が入ります。
「小田原の摺り漆は綺麗。まず木地が違う。ベテラン職人が挽いた木地の仕上げは別格。」
「80代の塗師の仕事もモノが違う。漆の残し方拭き方にも技術が必要。」

年数だけの問題ではないのでしょうが、やはり60年以上仕事をしてきた職人たちの作品には、凄味や木への深い愛情が溢れていました。


小田原は森林・林業とともに生きる地域。
この地ならではの、木の個性を愛する小田原漆器というまさに「文化」を引き継ぐ後継者が現れることを願ってやみません。




取材先:大川木工所 http://okawa-mokkoujo.com/